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最高裁判所第三小法廷 昭和28年(オ)861号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差戻す。

理由

上告代理人盛川康の上告理由第一点について。

原判決は、本件当事者間に成立した浴場経営に関する契約は、浴場用建物並にこれに附属する物件の賃貸借契約と浴場経営による営業利益の分配契約とが不可分的に混合した一種特別の契約であつて、対価を支払つて本件建物並にこれに附属する物件の使用を目的とする趣旨においては賃貸借の色彩を多分に具有するものであるとして、その解約申入に関しては借家法一条ノ二の適用を認めながら、上告人の本件賃料の増額請求に関する主張に対しては、その増額は当事者協議の上これを決定すべきものであつて、上告人の一方的意思によりこれをなすことをえないものとしてその主張を排斥したのである。

思うにいわゆる典型契約の混合する契約(混合契約)にいかなる法規を適用すべきかに関しては必ずしも議論がないわけではないけれども、その契約に或る典型契約の包含するを認め、これにその典型契約に関する規定を適用するに当つては、他に特段の事情の認むべきものがない限り右契約に関する規定全部の適用を肯定すべきであつて、その規定の一部の適用を認め他の一部の適用を否定しようとするためには、これを首肯せしめるに足る合理的根拠を明らかにすることを必要とするものといわなければならない。けだしいわゆる混合契約は数種の契約をその構成分子とするものであつて、その一つである契約の面においては当該契約に関する性質を帯有するものであり、従つてこれにその契約に関する規定の適用ありとする以上原則としその契約に関する規定全部の適用を肯定するを当然とするからである。ところで本件浴場経営に関する契約は前叙の如く賃貸借契約と浴場経営による営業利益の分配契約と混合したものであつて、浴場用建物及び附属物件の使用を目的とする趣旨において賃貸借の色彩を多分に具有するというのであるから、原判決がこれを一種特別の契約であると判示するにかかわらず、なおこれを混合契約の一種と認めたものと解するを妥当とし、従つてこれに賃貸借契約の解約申入に関する借家法一条ノ二の適用があるとする以上賃料増額請求に関する同法七条もまた特別の事情がない限りその適用を見るものとすべきであつて、右契約にその適用を否定しようとするにはその適用すべからざるゆえんを判示すべき必要があることは前段説明に徴し明らかというべきである。尤も原判決の確定するところによれば、本件契約においては、賃料名義の額については銭湯の騰落、経費の増減、浴客の多寡等に応じてこれを改訂するものとし、一年毎に両当事者協議の上これを決定すべき旨の約定があるというのであるが、かかる約定の存在は未だもつて借家法七条の適用を否定すべき特別の事情となすに足りない。けだし右約定によつては、賃料の増減につき当事者間に協定が成立しない場合にもなお当事者の右法条による賃料の増減請求権を否定すべきものとした趣旨が窺いえないのみならず、同条は契約の条件いかんにかかわらず借家契約にこれを適用すべき強行法規であることは疑なく、右の如き約定によつてその適用を排除することをえないからである。原審は或いは上告人の賃料増額に関する主張をもつて右法条による賃料増額請求と解しなかつたかの疑があるが上告人は原審において本件浴場の賃料は他の浴場に比較し月五万円をもつて適正賃料とする(実際は月八万円と主張する)として被上告人に対し屡々その請求をしたと主張するのであつて(昭和二六年一一月一二日附準備書面、同日の口頭弁論で陳述)、その主張はもとよりこれを借家法七条による賃料増額請求に関する主張と解すべきこと当然である。

然らば上告人の右主張に対し前示約定の存在を唯一の根拠として、単に本件契約においては、賃料の増額は当事者協議の上これを決定すべきであつて、上告人の一方的意思による増額は許されないとし借家法七条不適用の理由について何ら判断を示さなかつた原判決には理由不備の違法があり破棄を免れない(原判決は上告人の立証によつては増額を相当とする額を判断し難いと判示しているが、引用の鑑定の結果によれば一応客観的賃料額の立証があるのであり、もしその点の立証が不十分なれば釈明権を行使してその立証を促すべきである)。

よつて、その余の論旨に対する説明を省略し、民訴四〇七条を適用し裁判官の全員一致で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 河村又介 裁判官 島 保 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎 裁判官 垂水克己)

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